ねぇ? これって愛かな、

 (やしき)の庭は、広大な草原だ。
 夏になると青々とした葉は陽光を逃すまいと次々葉を広げ、雨の後などにはいつの間にか成長していたりする。
 幼い頃から夏のその光景は常であって、見慣れていた。
 祖父母がたまに伸びた草を刈りに行くのなども、よく妹と眺めていた。
 見つかっては父に叱られ、母に泣かれるのだが、どうしてもその光景を眺めに行くのを止められなかった。
 緑の葉が陽光を照り返し、風に揺らめく様がとても美しく感じられたのだ。
 綺麗だね、と言っては妹に呆れられた。妹にとってはつまらない光景らしかった。

 母が死んだ一年後、私と妹は祝儀を挙げた。
 祝儀は父と祖父母が執り行ってくれた。
 祖父母は一族の家系では珍しく長命らしく、幼い頃から変わらない姿で私たちを祝ってくれた。
 妹は、いつもと変わらぬ表情(かお)だった。

 彼女の胎にはもう、子供が居る。


※ ※ ※


 私は、あの草原にいた。
 祝儀を挙げて一ヶ月は経つだろうか。
 元々日付感覚というものが薄いので、あまり覚えてはいない。
 家族のみしかいない閉鎖環境の中で、時間と云うのはあまりにも無意味なものだったからだ。
 外の人間なんて、一度だけしか見たことはない。ある一年を除き、自分とそっくりの人間たちの間だけで暮らしてきたのだから。
 ――これは、異常、なのだろうか。
 また、あのときのように、“彼女”が現れて、正しい答えを教えてはくれないだろうか。
 ぼんやりとそんなことを考えていると、不意に日が翳った。
 “彼女”のことを考えていた私は、突然のことに驚き振り向いた。

「ルカ兄様」
「……ああ、カーチェ」
「何をそんなに驚いて――またあの女のことですか」
「あの女呼ばわりはお止めよカーチェ。君は美しいのにどうしてそう口が悪いのかな」

 溜め息混じりにそう呟くと、カーチェ――エカテリーナは不機嫌をそのまま表したような顔をした。

「すいませんねルカ兄様、これが私の性分なんです。美しい薔薇には棘があると言うでしょう」
「ふふ、そんなところも好きだけど」
「そうやって軽々しく言うから信用できないんです」

 エカテリーナは“彼女”が嫌いだ。
 私が祖父に連れられ、一時的に外へと出たときに滞在した村に居たのが“彼女”だ。
 外と言っても邸からはそう離れておらず、その村もまた私の一族と似たようなものを持つ者たちの村だった。
 だからこそ、祖父は私を連れて行ったのだろうけれど。
 その村にはたった一年しかいなかったが、私のそれまでの生涯で、とても幸福だったのを覚えている。
 私は邸へ帰ってから、エカテリーナにたくさん“彼女”との思い出を話して聞かせた。
 恐らくその時の私の今まで見せた事もないような、幸せそうな笑顔が気に食わなかったのだろう。
 それ以来エカテリーナは“彼女”のことを『あの女』呼ばわりしている。

「私は軽々しく言っているつもりなんてないよ。至って真剣だもの」
「そういう人に限って嘘を言うんです。信じられるものですか」
「手厳しいね、カーチェは」
「ルカ兄様はすぐに人に甘えますから」
「カーチェだから甘えるんだよ」

 騙されません、とでも言うように、ぼす、と音を立ててエカテリーナは私の背後に座った。
 軽く寄りかかると、エカテリーナも私に寄りかかった。
 お互いの体温が酷く心地良い。

「ねえ、カーチェ」
「何ですか」
「おなか、少し大きくなったかい?」
「子供の所為です」
「うん、順調みたいで良かった」

 エカテリーナの長い三つ編みをそっと手に取り、軽く遊ぶ。
 そうすると、甘い匂いが漂ってくる。

「カーチェ」
「今度は何ですか」
「早く産まれると良いね」

 私がそう言うと、エカテリーナは動きを止めた。
 少しだけ首を動かして、一言。

「……子供好きでしたっけ、ルカ兄様」
「いや、別にそういうわけではないけど。ただ、私とカーチェの子供だから楽しみなんだ。
 ねえ、これって愛かな? カーチェ」
「さあ、ルカ兄様よりはマシとは言え、私もまともな愛情なんてものは知りませんから」

 エカテリーナの言葉はいつもと同じ様に冷たかったけれど、私にとってはそれで十分だった。
やっとカーチェことエカテリーナの口調が固まりました。毒舌敬語。
毒舌さ加減が表現しきれてませんねどうもありがとうございましt(ry
カーチェという愛称は、エカテリーナという名前の一般的な愛称カチューシャから。
ちなみにこれはハルカが生まれる以前の話なので、まだぶっ飛んでないですルカ。
作中にさんざ出てくる“彼女”はあの人です。ええもう。
……というか、何故この二人でこのお題をやったんだろう。わからん自分の脳。

お題提供:けれども其処に潜むエゴイズム(http://cult.jp/egoism/)
UP:06/02/05
加筆修正:06/07/01