Hey My Friend!
図書館に行くと、いつも見かける人がいる。
彼はいつも、窓際の奥まった席で本を読んでいる。そこが彼の定位置なのだ。
本好きに悪い人はいない。
友達の居ない僕は母のその言葉を胸に、彼に声を掛ける事にした。
「あの……」
「……何でしょう?」
彼は本から顔を上げて、僕を見た。
落ち着いた声と、深い深い、宝石の様な、紅の目。
閉ざされた右目も同じ色をしているのだろうか、と思いながら、僕は言葉を紡いだ。
「あのっ、……な、何、読んでるんですか」
僕の問いに、彼は一度だけ視線を本の表紙に落としてから、言った。
「……歴史書、ですね」
「れ、歴史書、ですか」
「はい」
沈黙が落ちた。
僕は慌てて、次の質問を口にした。
「れっ、歴史、好きなんですか?!」
「好き、というか……最早本なら何でもいいというか……」
のんびりとそう言った彼に、僕は親近感を覚えた。
ああ、悪い人じゃなさそうだ、と思った。
「君は?」
唐突に話を振られて、僕はびっくりした。
「本、好きなんですか?」
僕が大きく頷くと、彼は柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、同じですね」
僕もつられて笑った。
お母さんの言うとおりだ。本が好きな人に悪い人は居ない。
それから僕は、毎日のように図書館に通った。
行けばいつでもあの窓際の席に彼はいて、いつも違う本を読んでいるのだ。
彼と話すのはとても面白かったし、彼の薦める本も面白いものばかりだった。
初めての友人に、僕はすっかり舞い上がっていた。
彼と友達になってから、数十日が経った晩。
僕は母に頼まれて買い物に出ていた。
大分遅くなってしまっていたうえに月に雲がかかってしまい、すっかり暗くなってしまった。
僕が近道をしようと裏路地に入ると、彼が前方に見えた。
彼はちょうど、一つ先の角を曲がる所だった。
どうしてこんなところにいるのだろうと不思議に思って、僕は後を追う事にした。
彼は何かを引き摺って歩いていたから追うのは簡単だった。何を引き摺っているのかは、暗くてわからなかった。ただ、大きかったように思う。
しかし彼の足は案外速くて、僕は追うのがやっとだった。
彼が行き止まりで立ち止まったところで、ようやく追いついたのだ。
僕が声を掛ける前に彼は引き摺っていたものをどさりと落として、膝をついた。
何をするのかと見ていると、彼はそれを顔に近づけるようにして持ち上げ、噛み付いた。
噛み付くとしたら食べ物だろうかと思ったが、それなら何故こんなところまで来たのかと疑問に思った。
タイミングよく空が晴れていき、月が彼を照らした。
照らし出されたのは、
死体の首に噛み付く、彼、だ、った。
彼の服と手は血にまみれ、顔にも血飛沫がかかっていた。
彼が死体の首から口を離し、ゆるゆると顔をあげた。
血を滴らせた鋭い牙と、深い深い、血の様な、紅の目。
本能が警鐘を響かせる。膝から力が抜けて、僕は尻餅をついた。
彼がゆっくりと立ち上がって、こちらへ、来る。
やめろ、やめろ、やめろ、来る、な。
「こ、こない、でッ……!!」
恐怖に渇いて貼りついた喉から、必死で声を絞り出すと、震えた、情けない声が出た。
「……見ちゃったんだ」
彼が歩を止めずに、言う。
僕は恐怖でいっぱいで、無我夢中で叫んだ。
「やめて、来ないで、ひ、ひとごろし、ばけもの!」
彼がぴたりと、足を止めた。
彼はもう僕の目の前まで来ていて、今更止まっても意味がないよ、と思った。
ぱたりとひとつ、血が落ちた。
「……皆、そう言うんだよ。ずっと、そう言われてきた」
だからもう慣れたよ。
どこまでも静かに、あの心地好い、穏やかな声で彼は言った。
彼が、悲しそうな目で、僕を見下ろした。
「今までありがとう、さよなら」
彼は腕を振るって、鋭い爪で僕の首を飛ばした。
ぼんやり溜め息を吐いた彼に、ジュラハンが問いかけた。
「パーラ、どうしたんだ? 顔色悪いぞ?」
「あぁ、や、……」
そう言ってから、彼はまた溜め息を吐いた。
彼がぼんやりしているのはいつものことだが、今日はどこか心ここにあらずと言った感じだった。
どこか遠くを見遣るようにして、彼が小さく呟く。
「……慣れたつもり、だったんだけどな……、化物って言われるの」
それを聞きとがめたナイツが、彼の頭を軽く叩いた。
彼が些か驚いたようにナイツを見遣ると、憮然とした表情でナイツが言う。
「嫌なこと言われんのに慣れちまう奴なんて、いないだろ。
それに、パラドックスはパラドックスで、俺の、俺たちの友達。化物でもなんでもない」
その言葉を聞いて、彼は驚いたように目を瞬かせてから、嬉しそうに小さく微笑んだ。
「……、ありがとう、二人とも」
ナイツとジュラハンはそれぞれ笑って、同じ言葉を紡いだ。
「「どういたしまして」」
彼はいつも、窓際の奥まった席で本を読んでいる。そこが彼の定位置なのだ。
本好きに悪い人はいない。
友達の居ない僕は母のその言葉を胸に、彼に声を掛ける事にした。
「あの……」
「……何でしょう?」
彼は本から顔を上げて、僕を見た。
落ち着いた声と、深い深い、宝石の様な、紅の目。
閉ざされた右目も同じ色をしているのだろうか、と思いながら、僕は言葉を紡いだ。
「あのっ、……な、何、読んでるんですか」
僕の問いに、彼は一度だけ視線を本の表紙に落としてから、言った。
「……歴史書、ですね」
「れ、歴史書、ですか」
「はい」
沈黙が落ちた。
僕は慌てて、次の質問を口にした。
「れっ、歴史、好きなんですか?!」
「好き、というか……最早本なら何でもいいというか……」
のんびりとそう言った彼に、僕は親近感を覚えた。
ああ、悪い人じゃなさそうだ、と思った。
「君は?」
唐突に話を振られて、僕はびっくりした。
「本、好きなんですか?」
僕が大きく頷くと、彼は柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、同じですね」
僕もつられて笑った。
お母さんの言うとおりだ。本が好きな人に悪い人は居ない。
※ ※ ※
それから僕は、毎日のように図書館に通った。
行けばいつでもあの窓際の席に彼はいて、いつも違う本を読んでいるのだ。
彼と話すのはとても面白かったし、彼の薦める本も面白いものばかりだった。
初めての友人に、僕はすっかり舞い上がっていた。
彼と友達になってから、数十日が経った晩。
僕は母に頼まれて買い物に出ていた。
大分遅くなってしまっていたうえに月に雲がかかってしまい、すっかり暗くなってしまった。
僕が近道をしようと裏路地に入ると、彼が前方に見えた。
彼はちょうど、一つ先の角を曲がる所だった。
どうしてこんなところにいるのだろうと不思議に思って、僕は後を追う事にした。
彼は何かを引き摺って歩いていたから追うのは簡単だった。何を引き摺っているのかは、暗くてわからなかった。ただ、大きかったように思う。
しかし彼の足は案外速くて、僕は追うのがやっとだった。
彼が行き止まりで立ち止まったところで、ようやく追いついたのだ。
僕が声を掛ける前に彼は引き摺っていたものをどさりと落として、膝をついた。
何をするのかと見ていると、彼はそれを顔に近づけるようにして持ち上げ、噛み付いた。
噛み付くとしたら食べ物だろうかと思ったが、それなら何故こんなところまで来たのかと疑問に思った。
タイミングよく空が晴れていき、月が彼を照らした。
照らし出されたのは、
死体の首に噛み付く、彼、だ、った。
彼の服と手は血にまみれ、顔にも血飛沫がかかっていた。
彼が死体の首から口を離し、ゆるゆると顔をあげた。
血を滴らせた鋭い牙と、深い深い、血の様な、紅の目。
本能が警鐘を響かせる。膝から力が抜けて、僕は尻餅をついた。
彼がゆっくりと立ち上がって、こちらへ、来る。
やめろ、やめろ、やめろ、来る、な。
「こ、こない、でッ……!!」
恐怖に渇いて貼りついた喉から、必死で声を絞り出すと、震えた、情けない声が出た。
「……見ちゃったんだ」
彼が歩を止めずに、言う。
僕は恐怖でいっぱいで、無我夢中で叫んだ。
「やめて、来ないで、ひ、ひとごろし、ばけもの!」
彼がぴたりと、足を止めた。
彼はもう僕の目の前まで来ていて、今更止まっても意味がないよ、と思った。
ぱたりとひとつ、血が落ちた。
「……皆、そう言うんだよ。ずっと、そう言われてきた」
だからもう慣れたよ。
どこまでも静かに、あの心地好い、穏やかな声で彼は言った。
彼が、悲しそうな目で、僕を見下ろした。
「今までありがとう、さよなら」
彼は腕を振るって、鋭い爪で僕の首を飛ばした。
※ ※ ※
ぼんやり溜め息を吐いた彼に、ジュラハンが問いかけた。
「パーラ、どうしたんだ? 顔色悪いぞ?」
「あぁ、や、……」
そう言ってから、彼はまた溜め息を吐いた。
彼がぼんやりしているのはいつものことだが、今日はどこか心ここにあらずと言った感じだった。
どこか遠くを見遣るようにして、彼が小さく呟く。
「……慣れたつもり、だったんだけどな……、化物って言われるの」
それを聞きとがめたナイツが、彼の頭を軽く叩いた。
彼が些か驚いたようにナイツを見遣ると、憮然とした表情でナイツが言う。
「嫌なこと言われんのに慣れちまう奴なんて、いないだろ。
それに、パラドックスはパラドックスで、俺の、俺たちの友達。化物でもなんでもない」
その言葉を聞いて、彼は驚いたように目を瞬かせてから、嬉しそうに小さく微笑んだ。
「……、ありがとう、二人とも」
ナイツとジュラハンはそれぞれ笑って、同じ言葉を紡いだ。
「「どういたしまして」」
とりあえずパーラのお話。
UP:06/05/22
加筆修正:06/07/02
加筆修正:06/07/02