Hey My Friend!

 図書館に行くと、いつも見かける人がいる。
 彼はいつも、窓際の奥まった席で本を読んでいる。そこが彼の定位置なのだ。
 本好きに悪い人はいない。
 友達の居ない僕は母のその言葉を胸に、彼に声を掛ける事にした。

「あの……」
「……何でしょう?」

 彼は本から顔を上げて、僕を見た。
 落ち着いた声と、深い深い、宝石の様な、紅の目。
 閉ざされた右目も同じ色をしているのだろうか、と思いながら、僕は言葉を紡いだ。

「あのっ、……な、何、読んでるんですか」

 僕の問いに、彼は一度だけ視線を本の表紙に落としてから、言った。

「……歴史書、ですね」
「れ、歴史書、ですか」
「はい」

 沈黙が落ちた。
 僕は慌てて、次の質問を口にした。

「れっ、歴史、好きなんですか?!」
「好き、というか……最早本なら何でもいいというか……」

 のんびりとそう言った彼に、僕は親近感を覚えた。
 ああ、悪い人じゃなさそうだ、と思った。

「君は?」

 唐突に話を振られて、僕はびっくりした。

「本、好きなんですか?」

 僕が大きく頷くと、彼は柔らかく微笑んだ。

「じゃあ、同じですね」

 僕もつられて笑った。
 お母さんの言うとおりだ。本が好きな人に悪い人は居ない。


※ ※ ※


 それから僕は、毎日のように図書館に通った。
 行けばいつでもあの窓際の席に彼はいて、いつも違う本を読んでいるのだ。
 彼と話すのはとても面白かったし、彼の薦める本も面白いものばかりだった。
 初めての友人に、僕はすっかり舞い上がっていた。

 彼と友達になってから、数十日が経った晩。
 僕は母に頼まれて買い物に出ていた。
 大分遅くなってしまっていたうえに月に雲がかかってしまい、すっかり暗くなってしまった。
 僕が近道をしようと裏路地に入ると、彼が前方に見えた。
 彼はちょうど、一つ先の角を曲がる所だった。
 どうしてこんなところにいるのだろうと不思議に思って、僕は後を追う事にした。
 彼は何かを引き摺って歩いていたから追うのは簡単だった。何を引き摺っているのかは、暗くてわからなかった。ただ、大きかったように思う。
 しかし彼の足は案外速くて、僕は追うのがやっとだった。
 彼が行き止まりで立ち止まったところで、ようやく追いついたのだ。
 僕が声を掛ける前に彼は引き摺っていたものをどさりと落として、膝をついた。
 何をするのかと見ていると、彼はそれを顔に近づけるようにして持ち上げ、噛み付いた。
 噛み付くとしたら食べ物だろうかと思ったが、それなら何故こんなところまで来たのかと疑問に思った。
 タイミングよく空が晴れていき、月が彼を照らした。
 照らし出されたのは、

 死体の首に噛み付く、彼、だ、った。

 彼の服と手は血にまみれ、顔にも血飛沫がかかっていた。
 彼が死体の首から口を離し、ゆるゆると顔をあげた。
 血を滴らせた鋭い牙と、深い深い、血の様な、紅の目。
 本能が警鐘を響かせる。膝から力が抜けて、僕は尻餅をついた。
 彼がゆっくりと立ち上がって、こちらへ、来る。
 やめろ、やめろ、やめろ、来る、な。

「こ、こない、でッ……!!」

 恐怖に渇いて貼りついた喉から、必死で声を絞り出すと、震えた、情けない声が出た。

「……見ちゃったんだ」

 彼が歩を止めずに、言う。
 僕は恐怖でいっぱいで、無我夢中で叫んだ。

「やめて、来ないで、ひ、ひとごろし、ばけもの!」

 彼がぴたりと、足を止めた。
 彼はもう僕の目の前まで来ていて、今更止まっても意味がないよ、と思った。
 ぱたりとひとつ、血が落ちた。

「……皆、そう言うんだよ。ずっと、そう言われてきた」

 だからもう慣れたよ。
 どこまでも静かに、あの心地好い、穏やかな声で彼は言った。
 彼が、悲しそうな目で、僕を見下ろした。

「今までありがとう、さよなら」

 彼は腕を振るって、鋭い爪で僕の首を飛ばした。


※ ※ ※


 ぼんやり溜め息を吐いた彼に、ジュラハンが問いかけた。

「パーラ、どうしたんだ? 顔色悪いぞ?」
「あぁ、や、……」

 そう言ってから、彼はまた溜め息を吐いた。
 彼がぼんやりしているのはいつものことだが、今日はどこか心ここにあらずと言った感じだった。
 どこか遠くを見遣るようにして、彼が小さく呟く。

「……慣れたつもり、だったんだけどな……、化物って言われるの」

 それを聞きとがめたナイツが、彼の頭を軽く叩いた。
 彼が些か驚いたようにナイツを見遣ると、憮然とした表情でナイツが言う。

「嫌なこと言われんのに慣れちまう奴なんて、いないだろ。
 それに、パラドックスはパラドックスで、俺の、俺たちの友達。化物でもなんでもない」

 その言葉を聞いて、彼は驚いたように目を瞬かせてから、嬉しそうに小さく微笑んだ。

「……、ありがとう、二人とも」

 ナイツとジュラハンはそれぞれ笑って、同じ言葉を紡いだ。

「「どういたしまして」」
とりあえずパーラのお話。
UP:06/05/22
加筆修正:06/07/02