01.砕けた硝子
02.何も言わない
03.堕ちた太陽
04.Blue Daydream
05.親友について、僕の見解
06.黒悼
07.Laplace
 
前書き








Compose novels for cellular phone.









 

砕けた硝子

「お前は、私を恨んでいるか?」

 主が問う。
 俺は小さく首を振って、否定した。

「……いや。あの時の、貴方の選択は、正しかった、から」

 そう、正しかった。

 手に入れたのはおかしな目と、永遠の主、
 壊れた自分と、この街で生きていくための、方法。


 ※ ※ ※


 人を殺す度に、吐いた。
 主の命令を受け、人を殺す度。
 胃のなかのもの全て吐き出して、胃液が喉を焼く瞬間だけ、生きていると思えた。
 半ば自虐的な思考の中に、俺はただ立ち尽くしていた。
 そしてその度に、主が言う。

「今更人間を何人殺そうと、変わりはしないだろう」

 その度俺は首を振る。
 人を殺すことは恐ろしいと。
 いつもはここで終わる問答も、痺れを切らした主が、それすら鼻で笑った。

「今更綺麗な人間を気取るつもりか?」
「ち、が」

 思わず顔を上げる俺を、主は嘲笑する。

「違う? 何が。人を殺すのが恐ろしいなんて戯言を言っているのに。
 それとも、穢れすぎて神に見放されるのが恐ろしいか?」

 主が笑みを深くする。

「神は清廉で、崇高な存在か? 絶対か? 違うだろう。
 お前だって知っている筈だ。だからお前は何の罪もない両親を殺したんだろう? 自分のエゴで。
 そして、神ではなく、私に願った。神に天界を追放された、私に!
 それが何よりの証拠じゃないか、なあ」

 主は、ただ呆然と目を見開き、叫び出しそうな喉を押さえ付ける俺の耳に口元を寄せ、とどめのひとことを口にした。

「お前の両親は、恨んでいるぞ。自分達を殺したお前を」

 そのひとことで、俺は崩れ落ちた。
 なにもかも失った。
 主はそんな俺を見遣って、更に口角を吊り上げた。

「ほら、何人殺したところで、変わらないだろう?」

 お前はもう、神からも人からも見放されているのだから。


 ※ ※ ※


「……神からも、人からも――、か」

 ぽつりとひとりごちる。
 主の行動は、正しかった。
 あそこで壊されていなかったら、多分、今を生きてはいない。

 ただ。

 今もあの言葉が、俺を苛む。

 お前はもう、神からも人からも見放されているのだ――と。

 緩く頭を振り、溜息を吐く。
 くだらない感傷と割り切って振り払い、俺は地を蹴った。

Rius=Ivy,Sariel
UP:06/07/17
加筆修正:06/07/18
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何も言わない

 殺しても殺しても殺しても殺しても、殺し足りない。
 ああ殺させてくれ、甘美な断末魔をきかせてくれ――
 さあ、

「推理モノから猟奇に転向か、作家?」

 もう聞き慣れた声に現実に呼び戻され、私ははっと顔を上げた。
 茶に近い、深く澄んだ橙の瞳が真っ直ぐに射抜く。
 時折飢(かつ)えたような光を宿すその瞳は、今はただ透明に私を映す。

「……そんなこと、一言でも言ったか?」

 笑顔を装うのは昔から得意だった。
 この友人にだけは、効かないけれど。

「言うてへんけど、殺気丸だし。思考も駄々漏れ。らしくあらへんで」

 事実を突き付けられ、私は詰まった。
 ひとつ息を吐いて気を落ち着かせる。

「……悪い。あてられなかったか」

 私が問うと、友人は片手をひらひらと振って言う。

「安心せえ、殺意は慣れとる」

 そんでも結構ヤバかったかもしれんなあ、と彼はのほほんと言ってみせたが、本当はそんな笑いごとでは済まないことを、私は知っている。
 自己と他の境界が曖昧になり、意識と記憶が混濁する。
 そして脳が過負荷に耐え切れず、ブラックアウト。
 その後も数日の昏睡。
 ――考えただけで怖気がする。
 そんな爆弾のような能力を、彼は産まれたときから持っている。幼少期はさぞ苦労しただろうことを想像するのはたやすい。

「たまにはお前も何かでガス抜きせえや。ずーっとパソコンなんかに向かってっから、んなことになんねん」

 それでも、何故そうなったなど、彼は問わないし、彼が見たことの一切をなかったことにしてくれる。
 本人は全く認めようとしない優しさに、私は小さく感謝しながら、微笑む。

「じゃあ、そんな職業病気味の作家のガス抜きに付き合ってくれるか、医者?」

 私の心境を知ってか知らずか、友人も軽く笑む。――いつも通りの少し人の悪そうな笑みで。

「何やお前が俺に医者とかゆうと当て付けに聞こえるな。
 ……ま、ええやろ。付き合ったるよ」
「それは恐悦至極」

 だから完璧な笑顔で、そう返してやった。

Haluka=Stauros,Aristide=Vretblad
UP:06/07/17
加筆修正:06/07/18
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堕ちた太陽

 一年振りに感じたその気配は、少しの変わりもなかった。
 確かに、あのままであるのに。

 むせ返るような血の匂い。
 記憶の中の青年より、少し伸びた白砂の髪と白いシャツに付いた赤が、やけに目に付く。
 青年は緩慢な動作で振り返った。
 表情は何もかもが欠落したかのような無表情。白い肌はシャツと同じように血にまみれ。
 ――これ、は、  だれ、だ?

「……どういう、こと、だ」

 僅かに声が上擦る。
 明らかな異常に、僅かに思考が混乱する。
 何が起きた。この空白の一年の間に、なにが。

「……正当防衛です。襲われたので」

 口調も、あの時と変わらないのに。その声色は明らかに、何かが違った。
 凍てついた緑柱石の瞳は、真っ直ぐにこちらを見据える。
 僅かに朱が混じり始めたその瞳は、表情や声色と同じく、感情というものが欠落していた。

「……貴方も、言ったでしょう。俺は、貴方の所有物だ。俺の生死を決めるのは、貴方なのですから」

 ならば己の命を奪おうとする者は敵として排除しなければならない、と。
 怜悧な響きを持って、平坦な声は冷たく言い切った。
 ただ静かに、淡々と。
 思わず、舌打ちが洩れた。
 こんなことは、誰も望んでいなかった。

(彼も、そう私すら、も)

Sariel,Rius=Ivy
UP:06/10/22
加筆修正:07/03/04
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Blue Daydream

 ふぅ、と小さな口から息が洩れる。
 ぼんやりとして中々焦点が合わない瞳が、空をさ迷っている。

「何を見ているのだ?」

 こちらの声に反応して、深い朱色と朝空の瞳が背後を振り返る。

「……なにも……」

 人形のように、がくん、と首が傾くと、反動で長い蒼い髪が揺れ、床に散る。
 この人形のようなこの動作はどうにかならんのだろうか、と常々思うが、一年近く経った今も変わることはない。
 それでも少しずつ変わってきてはいるのだろう、と思う。あの女の首尾がそこまで悪いはずがないと半ば確信めいたものを私は抱いていた。

「では、何をしているのだ?」
「……なにも……」

 最初と同じ答えが返され、子供が緩く頭を振ったために、床についた蒼の長髪がぱさぱさと音を立てた
 人の手でも加えられていそうな顔は相も変わらぬ無表情を湛え、瞳も硝子玉のようですらある。
 さてどう話を繋げるか、と思案していると、やがて相手の方が口を開いた。

「……ゆめを、見た、よ……?」

 そう呟いて、子供は瞼を落とした。

(あの時あの子供がどんな夢を見たのか、私は未だに知らずにいる)

Vodyanoi=Varvara,Haluka=Stauros
UP:06/10/22
加筆修正:07/03/04
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親友について、僕の見解

「パーラはさ」

 足をぶらぶらさせながら、親友は頬を膨らませた。

「すごいよな。オレにはぜってー出来ないこととか、ぱぱーっとやっちゃうし」
「……そう?」

 親友はそうだとばかりに大きく頷いた。
 が、どうにも自分にはしっくり来なかった。
 こちらにしてみれば、この親友の大胆だが選択を違えていない行動や、幼いながらに広い度量や視野は、尊敬に値すると思える。頭の程度はさておいて。
 彼は己には出来ないことを易々とやってのける。

「アークだってすごいじゃん」
「ええー?」

 親友はたくさんの疑問符を飛ばしながら、眉間に皺を寄せて首を傾げた。
 そして正面を向いて考え込んだかと思うとすぐにこちらを向き、言い放った。

「おしパーラ、なんか食お! 甘いもんとか!」

 ……会話の飛躍っぷりも尊敬に値するレベルだと追記しておかないとな、と思った。

(ていうか考え事長続きしないよなぁ、アーク……)

Paradox=Wicked=Exile,Axis=Roundabout
UP:06.10.22
加筆修正:07.03.04
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黒悼

 おいおい、そんでいいの。
 思わずそう言いかけた。

「ご期待に添えなそうで悪いんやけどさー」

 自分のものであって自分のものではない黒い髪をくるくると指に巻き付けながら、少女の目の前で、大鎌を振ってみせる。

「ウチはさ、死神なわけよ。遠くない未来にきみときみの家にいる全ての人間が死ぬって宣告しに来たわけ。解ってん?」

 小首を傾げそう問えば、少女はくすりと笑った。
 何がおかしいのかさっぱりだ。人間って解らない。

「そのぐらい解るわ、死神さん。ロシアの死神はキキーモラって呼んだ方が適切?」

 その名前にぎくりとした。
 ――まさにその通りで、それはウチの嫌いな名前だった。

「私達現地民ですら辛いこの猛吹雪のなか、外で泣いてるなんてそれぐらいしか思いつかないわ」

 伝承では老婆って聞いたけど。
 少女のその言葉を聞いて、少し苦みを含んだ笑みが己の顔に浮かんだ。

「伝承と現実は相違があるもんなの。ウチみたいな死神は死者の姿借りんと人間にゃ見えなくなるん。見えなくなっちゃ、泣く意味がない」

 だから今は男。
 そう言って、黒い外套の裾を持ち上げてみせた。
 それから少女の綺麗な色をした目を見据える。

「てゆーか、死神って解ってる奴を招き入れるて、どーなん」

 今度はこちらが問う番だ。

(結局の所、あの子がウチを招き入れたんは、死にたかったんかそれともウチを哀れに思ったのか単なる好奇心やったのか、ウチにはあの子が考えとるようなことは解らん。あの生意気な幼馴染なら、綺麗で可哀想な小説家なら、わかるんやろうか?)

Kikimola=Kiksik=Masha,Aleksandra=Yulievina=Tolstaya
UP:06/10/22
加筆修正:07/03/04
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Laplace

 だぁからさぁ。
 傍らの、奇ッ怪この上ない友人は、だらんと猫のように寝そべっていた。
 ――猫だとしたら、随分とでかいが、それはさておき。
 多分世界一変人と称してもいいほどの、そうつまりとてつもない変人の彼の口からは、とんでもなくおかしな話が垂れ流されていた。

「私のとこは、全員が全員、おかしいんだって」

 妻曰く、その最たるが私らしいんだけど、と彼は溜息を吐きながら付け加えた。
 一方僕は、もう頭が痛くなってきた。
 ……おかしすぎる、こんなことなど有り得るものか。いや、それを言ったら、僕も十二分に有り得ないのだけど。
 僕はこれでも一応一般人なのだから。

「……ルカ、僕は何故だか今とても頭が痛いのだけど……」
「何でだい?」
「…………」

 僕はがっくりとうなだれた。
 間違いなく彼は素だ。それなりの年数、彼に付き合い培われたこの勘は悲しくなるぐらい当たる。
 彼に一般常識というものが通じないのを忘れていた。
 でも、と彼が言う。

「厄介なことになったよ――」

 現状を表すのにはもってこいの言葉だった。

(君にしては的を射てるよ、言えば彼はそう? とへらりと笑った)

Embryo,Luka=Cherno=Klava
UP:06/10/22
加筆修正:07/03/04
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